
1954年創業の株式会社つばめタクシー は、さいたま市浦和区、大宮区、川口市を中心に営業するタクシー会社です。
登録制の「陣痛タクシー」や「浦和レッズ応援タクシー」としても地域の人たちに知られています。
今回は、佐野航専務につばめタクシーへ入社するまでのエピソード、社長である父への想いについてお話を伺いました。

サラリーマンを経験し大学進学へ
父を継ぐ気も、タクシー会社で働くつもりもなかった少年時代。
佐野専務は、『早く社会に出て働きたい』という想いから高校に3年間通った後、タクシーとは遠い業界でサラリーマンとして働きはじめました。
3年間社会人として働いたものの思うように芽が出ず、両親に頭を下げて自分自身の学び直しの為、大学進学を決意しました。当時を振り返ると「家業を継ぐ」という事にどこか抗う気持ちがあったのかもしれないと言います。
大学受験のために勉強に励み、晴れて入学、4年で大学を卒業した時には25歳になっていました。

看板がない場所でやりたかった
大学卒業のタイミングで進路を考えた時、違うタクシー会社を見てみたいと考え、当時タクシー会社では珍しくメディアやSNS等に露出していた「川鍋一朗氏(当時:日本交通株式会社代表取締役社長)」の会社で働きたいと思い、一般乗務員として入社しました。
「つばめタクシーの佐野航という看板がない場所でやりたかったので、会社にも身分をあえて伝えてはいませんでした。」(専務)
日本交通では充実した日々を過ごしていましたがある時、川鍋氏が立ち上げたタクシー配車アプリ『GO』の前身『全国タクシーアプリ』を全国各地のタクシー会社と協業していこうという動きが社内であり、つばめタクシーにも声がかかりました。
打ち合わせの為に日本交通の担当者がつばめタクシーを訪れた際、世間話で「息子さんは何をやっているのですか」という話になり、父である佐野社長もまさか「御社にいますよ」とは言えず後日、直属の上司に相談し川鍋氏に事情を説明したそうです。
「川鍋氏からは最悪法人間の関係性が崩れる可能性もある中、第一声『全国の会社が跡継ぎの相談をしてくるなか一般で入社するとはおもしろいね』と仰って頂き、その上で『もっと学びたいのであれば本社秘書付きでやってもよい』とさえお声掛けて頂いたこと感謝の念が尽きません。只、つばめタクシーの佐野航と分かった時点で帰るタイミングかなと思い日本交通を退職し、つばめタクシーで働くことを決意しました」(佐野専務)

一緒に働いて芽生えた父への新たな尊敬
2012年入社当時のタクシー業界は、リーマンショックの影響が残る中あらゆる立て直しが必要でした。とりわけ労務管理の改革は急務だと父である社長に相談した時、返ってきた言葉は『やりたいならやったらいいんじゃない』の一言だけでした。
その予想だにしなかった父からの返事に、自分の中に甘えがあったと気づかされたといいます。
「昨日今日来た人間に普通は任せられないし、親の立場で経験があれば尚更言いたくなると思いますが、答えを持っていても敢えて言わない、口は出さない姿勢に敬服しました。そこからあらゆる困難も立ち向かう気概が今日に繋がっています。」(専務)
言葉に出さずともお互いの気持ちを分かり合い事業を支える2人。
父が息子にバトンを渡す日も近いかもしれません。
株式会社つばめタクシー
https://www.tsubame-taxi.jp
